おばあちゃんの食器棚 第12話「リネンのテーブルクロス」(最終回)
小さな家に残された、ひとつの食器棚。
はるさんが残した器や布たちの物語が、
語られていったその先にあるものは……。
稲垣早苗・文 大野八生・絵
第12話「リネンのテーブルクロス」
この食器棚の引き出しに、ずいぶん長いこと私はおりますのよ。それでも生まれた国で過ごした年月の方が、まだ長いかしら。はるさんはヨーロッパに旅をしたとき、蚤の市で私を見つけてくれたんです。
私はリネンのテーブルクロス。大きな大きなテーブルに広げられて、ご馳走を並べてもらっていたんですの。家族の多い家でしたから、私のような大きなクロスがそれは役に立ったんです。でも、次々にご家族が亡くなって、大きなお屋敷は要らなくなってしまったんです。
お屋敷とともに、家具も調度品も一切合財が売りに出されました。そのとき、蚤の市でお店を出す骨董屋のおばさんに、私は引き取られましてね。骨董屋のおばさんは、かなり汚れていた私を何度も何度も洗って、丁寧に糊までつけてアイロンでパリっと仕上げてくれたんです。
そこからはるさんの家に引き取られたのですが、私の役目はちょっと変わっていました。なんといっても、お食事中に働くのではないんですもの。
私の仕事は、食事の後。使い終わった器をテーブルからキッチンに下げると、はるさんはまずダイニングテーブルをきれいに拭くんです。そしてその上に、さあっと私を広げますの。テーブルの上には真っ白な私だけ。そのとき、ああ、いつも白くきれいにしてもらって、なんて幸せ者なんだろうって思ったんですの。
私がそんな風に思っている頃、はるさんは、洗い場でなんとも楽しそうに器を洗い出していましてね。きゅっきゅっと洗ってすすいで、器をどんどん水切り籠に伏せていく。さあ、そろそろ私の仕事。はるさんは乾いたフキンを手にして器を拭きあげ、それを私の上にひとつひとつ置いていきますの。テーブルの上には、その日使った器がどんどん並ぶので、私はそれを受け止めて、乾くのを手助けするんです。
食器棚に戻す前に、風を通して器をちゃんと乾かしてあげるのが、はるさんの使った器への礼儀、いえ愛情だったんでしょうね。真っ白な私を広げてその上に置かれていく器は、それはさっぱり気持ちよさそうでしたよ。
長く働かせてもらってきて、気づいたことがありますの。私の上に並べられる器は、時が経つほどに美しくなっていくことに。
新品のときより、使われるほどに風合いが増していくような。中にはうっすらと傷や欠けのある器もあったんですけれど、それでもなんというか、品があったんですね。それが最初の頃は不思議でね。
新しい器は、それだけで輝いている。美しい。人間さんたちもそうですね。若いときは輝き、美しさに満ちている。けれど、年月を経て、さまざまな経験を積む中で、どこかくたびれ、傷つき、欠け落ちていくものがある。そのときに分かれ目があるんじゃないかしら。くたびれ、傷があっても尚美しいものと、見劣りしてしまうものの差が。
はるさんが使い続けたものたちには、使うほどに美しさが宿っていったように思うんです。たとえ、傷や欠けがあったとしても、それさえ風格や円熟味になるような。そこにあるだけで人の心が安らぎ、ほぐされていくような温かさ。人が大切に作ったものを、人が大切に使っていくことで育まれていく姿。
はるさんの家族に使われ、洗われた器が、よく乾くまでのひとときを過ごす布が私。働き甲斐のある仕事だったんですの。
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おばあちゃんが煙になって、空にまっすぐ消えていった日。私(明希)の家族と陸伯父さんとで、おばあちゃんの家に行った。お母さんが食器棚を開けて、急須と湯呑みを出してお茶を淹れてくれた。
思い出話をしながら、泣いたり笑ったり、私は少し眠ってしまったり。この家に来るといつも帰りたくなくなるのだけれど、今日はひとしおそう思った。
お母さんが、湯呑みを洗って洗い籠に伏せた。私は思い立って食器棚の引き出しを開けて、白い布を引き出した。
「おばあちゃんなら、きっとこうする」
そう思って、大きな木のテーブルにその布をふわりと広げた。そして、フキンで湯呑や茶たく、急須を拭いて、白い布の上に載せていった。
何度も見た光景のはずなのに、今日はとても寂しかった。それは、布の白さばかりが目立ったからだった。
私たちが訪ねていくと、おばあちゃんはたくさんの器を使ってもてなしてくれた。そして、その器を洗って水を切り、拭いてはこの布に伏せていった。さっぱりと洗われ、よく乾くまでのひと呼吸をしているような器の様子は、見ていてとても気持ちがよかった。どれもがおばあちゃんのお気に入りで、どれもがうれしそうできれいだった。
「あら、明希、いいことをしたわね」
泣きはらした目を優しく緩めて、お母さんが言った。
「おばあちゃんもきっとこうしたわね。器をとても大事にしていたから。
今日、みんなで囲んだお茶から、器を食器棚に戻すまで、きっとおばあちゃんは喜んでくれているわね。
この家にあるもの、食器棚にあるもの、すべてに私は育ててもらったのね。ここにあるすべてのものに、おばあちゃんの心が映っているみたい」
今度来たときは、一緒にゆっくり片づけをしようね、とお母さんが言った。おばあちゃんが大切にしてきたものを、ふさわしい人たちに分けていきましょうと。それは、とても大切な仕事だと私は思った。
ものに宿ったひとつひとつの物語。それらを想い浮かべながら、その物語の続きを託すひとへ。
おばあちゃんの食器棚。そこには、おばあちゃんの生きた姿が詰まっていて、そのどれもが、これからを生きる人への贈り物になるみたいだった。
(終わり)
稲垣早苗(ヒナタノオト)
作り手と使い手の橋渡しをする、工藝ギャラリーの仕事を続けて36年が過ぎました。人の手から生まれた愛おしいもの。「伝える、贈る、遺す」を心において物語を紡ぎます。
(6月9〜13日まで、西宮にて「〜手仕事を結ぶ庭〜ヒナタノオト展」を開催。詳しくはこちらから)
大野八生(イラストレーター)
植物を中心とした、繊細でいてあたたかな絵が人気。小社発行の『明日の友』表紙を長年描く。絵本や児童書の挿絵を描きながら、造園家としても活躍。
★編集部から
稲垣さん、大野さんによる、手しごとにまつわるあたたかな物語、いかがだったでしょう? わが家の食器棚には、何があった? 自分は何を残せるかな? そう感じました。次世代への譲りは「未来への贈り物」。あなたは何をのこしますか?
★「おばあちゃんの食器棚」についてのご感想を、お待ちしております。稲垣さん、大野さんにお届けします。どうぞ気軽にお寄せください。 → https://forms.gle/7jKMJVh1HvbsesiE9
第1話から4話までは、『婦人之友』2022年5月〜8月号に掲載されています。ぜひ、お手に取ってご覧ください。