しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第2回「漬物と秋の染め作業」
石徹白洋品店の しぜん・しごと・暮らしは地つづき [第2回]
漬物と秋の染め作業
平野馨生里(石徹白洋品店・店主)
石徹白かぶらと肉の漬物
私たち一家は、お隣に住んでいるKさん(80代)とNさん(70代)のご夫婦にとてもお世話になっています。11月のある日、もうすぐ雪が降りそうで、畑の片づけをしていると、声をかけてくださいました。
「石徹白かぶら(地域に伝わる在来種のかぶ)、持っていくか?」
「はい、欲しいです!」
私はいつものように喜んで隣の畑にお邪魔して、一緒にかぶを抜きました。8月後半にとうもろこしの収穫が終わり、かぶはその後にタネをまいて育てます。それでも私の腰くらいまで大きくなり、土の中から頭を出しているかぶの実は、はち切れんばかりの大きさでした。
「美味しい漬物になりそうですね」
私がNさんにそう言うと、にやっと笑ってこちらに顔を向けてくれました。隣にいたKさんも同じように笑みをこぼしながら、こう言ったのです。
「僕はね、11月から4月まではこれで育ったんじゃ。もうこれしかなかったからな」
ここ石徹白は、隣の集落から15キロほど離れた山間地域です。冬は昭和40年代までは雪に閉ざされ、歩いてしか地域外に出られなかったと言います。Nさんは70代後半ですが、50年前に娘さんを出産した3月には、臨月のお腹で歩いて峠道を越えて、産後2週間で歩いて戻って来たそうです。
冬の食料はここで採れるもので自給していて、その最たるものは在来種である石徹白かぶらの漬物だったと言います。
大人がすっぽり入るくらいの大きな漬物樽3つほどに、食べる時期によって塩の濃度を変えて大量に漬け込みます。すぐに食べるものは塩を少なめ、春に食べるのは多めにして腐敗させないようにしたそうです。
Kさんは続けます。
「焼いたりな、煮たりな。いろんな食べ方をした」
石徹白だけではなく郡上市内には、漬物の味噌煮や漬物の卵とじなどのご当地メニューがあって、私はとても豊かな発酵食文化だと思い味わってきましたが、それはグルメな人たちが考案したわけではなくて、必要に迫られて行っていた調理方法だったということを、石徹白に来て知りました。
今は石徹白も、車で30分走ればスーパーがあり、ネットでなんでも買える便利な社会になりました。KさんやNさんが若かった時代とは全く違う時代に生きている私は、ライフラインが止まるなど何かあったときに果たして食い繋いでいけるだろうか? 現在と異なる経験を重ねて生きてきた彼らからは学ぶことしかない、と痛感します。
私は”石徹白かぶらの漬物しか食べるものがない”ということはこれまで一度もないのですが、先人の知恵、ここで繋がれてきた命の背景にあるものを追体験したいと思い、毎年、教わった漬物を家族でいただいています。
ここでつくられる漬物は、石徹白かぶらに加えて、「肉の漬物」、「ニシンずし」、「たくわん」などがあります。私はいずれもたくさん漬け込んで、一冬食べられるようにしています。
さてここで、わが家で大人気の「肉の漬物」のレシピをお伝えします。もしよかったらつくってみてください。
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下に続く写真は、生の肉を白菜とともに塩漬けして、焼いて食べる「肉の漬物」です。ルーツは、60~70年ほど前、韓国から石徹白に仕事に来ていた人が教えてくれて、とても美味しいと評判に。今は各家庭でそれぞれのレシピでつくられています。
ただ、室温が低くないと肉が腐ってしまうかもしれないので、暖かな地域の方(室内が氷点下にならない場合)は冷蔵庫の野菜室に入れて保存するといいと思います。また、以下のレシピはあくまでもわが家でつくっているものです。好みに合わせてアレンジしてみてください。
<材料>
白菜……1kg
塩……20g
好みの肉(豚、鶏、牛でもOK)……300g
にんにく……2片
タカノツメ……2本
<つくり方>
1、白菜を2~3cm角にザクザク切る。
2、漬物の樽(重石ができる容器)に1の白菜を入れ、塩で揉む。
3、白菜と同量の重しをして、一晩おく。
4、出てきた水は捨てる。
5、肉を同じく2cm角くらいにカットして、漬けた白菜に混ぜ込む。
6、にんにくとタカノツメをみじん切りにして一緒に入れ、よく混ぜる。
7、白菜と肉を合わせた重さと同量の重しをする。
8、翌日、水が出たら捨てて、重しを半分にする。そのまま2週間漬ける。
2週間経ったら完成。よく焼いていただきます。私は特に味つけをせず、漬け込んだ時の塩分と発酵の酸味だけで、シンプルにいただくのが好きです。
焼いても肉がピンクのままなので、火の通りが分かりにくいことがあります。よくよく焼いて食べてくださいね!
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石徹白では、漬物以外にも様々な食文化が伝えられてきました。結の作業に参加してくれた人を呼んで食事をふるまう「秋祝い」に、自家製の豆腐をつくって煮しめにする。年中食べる味噌は、麹を加えずに「味噌玉」をつくって囲炉裏に吊るし、空中の麹菌で発酵させる。お米がなかなか採れない地域だったので、焼畑でひえを作って「ひえぬかがゆ」にして食べた、などと聞きます。
私自身、まだまだ未経験のものもたくさんあるので、地域の方に学びながら実践していきたいと意気込んでいます。
秋の染め仕事
私たちは、春から秋までは植物染めの作業をします(真冬はあまりにも寒いのと、まわりが雪に覆われ、染め材料を集めてくることができないためお休みです)。染めに使う材料は様々で、現れる色も引き出し方によってそれぞれ異なります。以下は、年間の染め仕事の一部です。
・杉の葉:レモンイエロー・オレンジ・赤みのあるピンク
・桜の枝(大雪で枝が折れた年だけ):桜の花びらのような優しいピンク
・ヒメジオンの全草:深みのあるイエロー
・マリーゴールドの花:ビビッドなイエロー
・胡桃の葉っぱ:濃い茶色、カーキ
・栗のイガ:深みのあるグレー
染めのためのヒメジオンの採取
植物染めの可能性は無限大です。染め場を作った2016年頃から3年ほどは、家のまわりで「染められるかな?」と思う植物をとにかく煮出して染め実験を行い、今はある程度種類を絞って使っています。決める基準としては、
1、大量に、手軽に手に入る植物であること
2、染め色のもちがいい(色が落ちにくい)こと
3、食べられないもの
これらの3つが条件です。
先日拾った栗のイガで、越前シャツと越前ワンピースを染めました。拾ってきたイガから栗を出して、栗ご飯にしていただきました(また食べ物の話になりましたね……子どもたちには「お母ちゃん、食いしん坊」とよく言われています)。「食べておいしい、染めて美しい」栗は、私の大好きな染め材の一つです。
地域内の至るところに栗の木があります
石徹白には栗の木がたくさんあります。調べてみると、穀物が採れない飢饉の年でも、栗の木があれば飢えを凌ぐことができたそうです。家のまわり、里に近い山々に栗が植えられているのは、その理由からかもしれません。
石徹白の人々は今でも栗を大切にしていて、秋には収穫を楽しんでいます。移住してすぐに岐阜銘菓・栗きんとんをお土産に買ってお隣さんに持って行ったところ、自家製栗きんとんをお返しにいただいて甲斐性のない自分に赤面した覚えがあります。それ以来、私もシーズンに1回は栗のお菓子をつくるようになり、秋の楽しみになっています。
さて、栗のイガを大きな鍋に入れて煮出し、自家製の鉄媒染で色をグレージュ(グレーとベージュの中間の色)に仕上げる栗染めですが、煮出しているとホクホクとした栗の香りが染め場に充満して、幸せな気分になります。
栗染めの作業。ホクホクとした栗の香りに包まれます
煮出した液は赤みの強い茶色といった色相です。ここにシャツなどを入れてかき混ぜながら1時間煮ます。そしてその後、自分たちで作った鉄媒染液に20分浸し、水で洗って脱水します。これを何度か繰り返して好みの色に近づけていく、というプロセスです。毎回、植物が持っている色味が異なるので、常に試行錯誤、回数や濃度も試しながら仕上げていきます。
何度も染め重ねて色を仕上げていきます
化学染料で染めると、ムラなく思う色に染め上げることができるのですが、自然の素材で染めるとそうはいきません。同じ植物でも、採取した時期、その木が立っていた土壌、その年の天候などによって、持っている色素量や色の方向性が少しずつ違います。
私たちが目指す色に近づけるのは非常に困難なことも多いのですが、自然染めが好きな私としては、現れた色それぞれに毎回「素敵だな~」「かわいいな~」「いい色だな~」と思ってしまうのです。
すると「今年のグレーはこの色でいきましょう」というふうになり、コレクションごとに色数が増えていくので管理は大変です。今この色との出会いを慈しんで、毎回違うことを良さと捉えています。
2023年12月15日から17日まで、池袋にある自由学園明日館で展示会を行います(詳細はこちらから!)。その時に、栗で染めたグレーの服も持っていきます。
ぜひご覧ください!
[編集部から]
「肉の漬物」おいしそうですね。編集部でも漬けてみているので、みなさんもお試しください。そして、どんな具合にいただいたか、レポートをお願いします!
展示会、トークイベントにもどうぞお運びください。
*ご感想メールを、ぜひ編集部へお寄せください。 → be@fujinnotomo.co.jp