しぜん・しごと・暮らしは地つづき 第8回「自然の恵みを感じる、一点物の草木染め」

 
 岐阜県にある白山国立公園の南側に位置し、縄文の時代から続くという集落、石徹白(いとしろ)。
 この地の自然と土地が培ってきた人々の暮らしを受け継ぎ、現在の私たちに「服づくり」という形で、古くて新しい文化を伝える「石徹白洋品店」の活動や日々の営みを、店主の平野馨生里さんがつづります。
 

 

石徹白洋品店の しぜん・しごと・暮らしは地つづき [第8回]

自然の恵みを感じる、一点物の草木染め

平野馨生里(石徹白洋品店・店主)

 

 私たちは、藍染に加えて草木染めで服や布を染めています。今回は草木染めの始まりについてお伝えします。

 

マリーゴールドで染めた布。

 

 

植物から出る色の不思議

 

 私が初めて草木染めをしたのは、大学生の頃。文化人類学のゼミに入ったところ、フィールドワークでカンボジアの村に何度か滞在するようになり、そこが伝統織物をつくる村でした。調査をしている横で草木染めや機織りをしている人たちを眺めていましたが、草木からこんなに色が出るのだと感激し、帰国後、まわりの植物を採取してあれこれと染めをやってみたのです。

 

 びわの葉っぱでウールの糸を染めて、ケープを編んでみました。近くのぶどう園で剪定された枝をもらって、ハンカチを絞り染めしました。緑の植物からオレンジが出る不思議。いらなくなって廃棄されるような枝から抽出される、奥深いグレー。私は瞬く間に、草木染めの虜になりました。

 

 

納得のいく布がない

 

 石徹白洋品店を始めて、服のデザインをしているときに直面したのが「納得のいく染めがない」ということでした。コットンやリネンなどの素材自体は、オーガニックのものや背景がわかり納得のいくものが手に入ります。しかし染めに関してはほとんどが化学染料なのです。

 

 私は環境に負荷のないものづくりをしたかったので、藍や草木で染められているものを探しましたが、一般に流通はしていませんでした。

 服にとってデザインは大切ですが、染色もものすごく大事な要素です。探しても探しても見つからないなら、自分で染めよう、と考えたのです。

 

 

森本喜久男さんの存在

 

 私は学生時代、カンボジアの伝統織物を復刻させている「クメール伝統織物研究所(IKTT)」に通って、フィールドワークをしてきました。IKTTとは、京都の友禅の職人であった森本喜久男さんが立ち上げたNGOです。カンボジアは内戦によってさまざまな文化を失いましたが、伝統織物もそのひとつでした。

 お蚕さんを育て、染め材料となる木を植え、それらを使って織物をする。

 

IKTTでの作業風景。

 

 内戦で荒れ果てた荒野を耕し村を興しながら、昔は村々で当たり前だったことを復活させる偉業を、森本さんは成し遂げられました。

 私は、石徹白洋品店を始めてから改めてカンボジアを訪れ、草木染めの方法を学びました。また、森本さんを日本にお招きして石徹白で草木染めのワークショップを開催しました。

 

石徹白での染めワークショップ。

 

「ここでは、みんながいらないものを使って染めてるんだよね」

 森本さんに言われて、私はとても腑に落ちました。IKTTでは、観光客が飲んだあとに残るココナッツの実の皮や、アーモンドの枯葉、バナナの葉っぱなど身近にあってたくさん手に入れることができ、使っても誰も困らないもので染めをしていました。

 

 化学染めは、環境に負荷を与える染料を使って染めて、汚水処理をする。しかも、着る人にとっても何か影響があるかもしれない。一方で、森本さんがやってきた草木染めは、捨てられてしまう植物を使ってこんなにも美しく多彩に染められ、しかも環境にも人にも優しい染め方。

 私も森本さんのように身近な草花で染めをしてみようと決め、まわりにある植物を“染料”の視点で眺め始めました。

 

 

草木染め実験

 

 私はどんな植物でどんな色を出そうか、自然豊かな石徹白で子どもたちと散歩をしながら気になった草木を採取して歩きました。そして、とにかく色々染めてみました。

 スギナ、ヒメジオン、ススキ、イタドリ、よもぎ、アカソなどの草花。スギ、ケヤキ、クルミのなど樹木の葉っぱ。時々、枝が折れて分けていただけるサクラ、キハダの樹皮など。

 

 まずは小さな鍋で煮出してみます。植物から全く色が出てこないものは諦め、色が出たものは白い布や糸を染めてみる。そんな実験期間が続きました。

 屋外で時計式ストーブに薪をくべ、長男をまわりで遊ばせ、次男をおんぶして染めをしていた頃が懐かしいです。もくもくと燃える煙、植物を煮出す香り、ときにはふたつある火口のひとつで夕食の煮物をしながら……

 

 こうした過程を経て、どんな植物で染めるのかを決めていきました。私が染め材料として大切にしているポイントは4つあります。

  • 簡単に、大量に手に入るもの
  • 食べられないもの(食べものは食べるために)
  • 採取しても誰も困らないもの
  • できるだけ石徹白にあるもの

 

 これらを基準にして選んでいます。

 

染め材である大量のヒメジオン。

 

 

植物ごとの一点物

 

 草木染めを始めて、とにかくさまざまな植物で染められることに面白さを感じていました。ただ、そうして染めを続けていくと、色はいくらでも増えていきます。それを仕立てて服にすると、次々と一点物が生まれてきました。展示会で販売する分には良かったのですが、コロナ禍で対面販売ができなくなりオンラインショップを立ち上げたとき、難しい局面に遭遇しました。

 

 同じような色でも植物によって少しずつ色相が違うので、全ての商品の写真を撮って、一枚ごとに説明をつけて、色の違いも画面越しに分かるようにして掲載するのが非常に困難であることを知ったのです。

 このまま一枚ずつ異なる色で染めていては、生産も非効率で販売も難しいことが分かり、私たちはある程度の量を、植物の種類を絞って染めていくことにしました。

 

染め材であるクリのイガ。

 

 

定番の色の模索

 

 染料を決めるにあたって、すでに書いた基準をクリアした上で、私たちが染めたいと思う色を毎年考えています。ここ数年で定着しつつある植物は、クリのイガ、ヒメジオンの全草、ビワの葉、アカソ、サクラの枝、スギの葉あたりでしょうか。

 今年はこれを染めようと決めて植物採取に出かけ、スタッフ皆で交代しながら染め場に入り、数日かけて染め上げる、という方法で行うようになり、効率が上がり、色も安定してきました。

 

染め作業の様子。

 

 とはいえ、同じ植物でも年によって少しずつ違うことが分かってきました。おそらく、その年の日光量や天候、採取するタイミングや植物が育った土壌などの条件によるのでしょう。

 

 同じスギの葉を同じタイミングで採取して染めたとき、採取した場所(木)が違うだけで色が異なったことがありました。イエロー系とオレンジ系と2種類できてしまったのです。おそらく、そのスギが生えていた土壌がアルカリが強いと赤みが強く、そうではないとイエロー系になるのでは?と見当をつけています。

 

 

アパレルの難しさ

 

 一般に販売されている服は、同じ色の商品が大量に並べられます。購入する人はそれを当たり前と思って黄色なら黄色を選びます。

 

 私たちが作る服は、黄色系ならマリーゴールド、ヒメジオン、スギの葉などで染めたものがありますし、しかも、年によって微妙な色の違いが見られます。

 現状で常識と思われている「一定の色」に合わせていくのは、植物染めでは困難です。けれど、環境に負荷のある化学薬品で染めるより、身のまわりに自生する植物で染める方が、染める私にとっては気持ちがいいし、きっと着る人の体にも心にも、健康的だと信じています。

 

 

自然のサイクルを感じ、土地と繋がるきっかけに

 

 もうひとつ、私たちが草木染めを続ける理由があります。それは、この大地に生き、季節の巡りを感じるため。そしてこの土地や地域とのつながりを深めるためです。

 

 わが家では田畑を耕作しているので、季節ごとの変化を感じることが日常です。ただ、日々の生活に追われて、自然の変化を繊細に感じることが少なくなってしまっています。しかし、草木染めをしていると、ヒメジオンの蕾が開く前に染めようとか、アカソの茎が赤く染まる梅雨明けから染めようとか、太陽の光や空気の温度、風の匂いなど、小さな変化に敏感になることができ、その移り変わりを日々慈しむことができるのです。

 

 また、この土地の植物で染めるということは、その所有者に採取の許可を取ることになります。

 

「田んぼに生えているヒメジオンを採ってもいいですか?」

 

所有者「そんなもん、ケジ(雑草)やで、いくらでもとってくれ」

 

 笑いながらそう言われて、私たちは大きなバケツと鎌を持って出かけます。

 

ヒメジオン採取の様子。

 

「栗のイガが欲しいのですが」

 

所有者「わしらが中身を取ったもんを山のように積んどるから、勝手に持っていってくれ」

 

 言葉の通り栗のイガが山になっているところに火ばさみとバケツを抱えて軽トラックで出かけます。時々、イガの中にクリの実が残っていることもあり、それはありがたく美味しくいただきお礼を伝えます。

 

クリのイガ採取の様子。

 

 自然とのつながり、そして地元の人たちとの交流。そんな繰り返しが、日々の生活をより豊かなものにしてくれるのです。

 

 

人に合わせるのではなく自然に合わせる

 

 私たちが作る「たつけ」などの直線裁断の服は、自然の恵みから作られた“布”を中心に、いかに布を無駄にしないか、最後まで大切に使うかが考えられています。そして、藍や草木などで染めるということは、自然がその年に出してくれる色をそのまま受け入れるということで、“自然の色”を尊重しています。

 

 一方で、今、身のまわりに溢れる一般的な洋服は、“人”を中心に据えています。人の体をいかに美しく見せるかを考えて、人の体のカーブに合わせて裁断するので、どうしても端切れ(ゴミ)が出ます。同時に、人がその年に好む色を自由自在に出すために、汚水を出す化学染料で染めています。人を中心とすることで、限りある自然を傷つけるようなことになっています。

 

 

先人に学び未来に活かす

 

直線裁断・草木染めの服。

 

 直線裁断の服を作ること、草木や藍で染めること。先人たちが当たり前にしてきたことは、この小さな日本の中で、限られた自然資源を恵みとして受け取りながら、循環させ続ける生き方です。

 

 私は昔ながらの方法そのままで、現代を生きることは難しいと思っています。しかし先人の知恵を活かすことで、破綻しそうな地球環境をどうにか持続的な方向に持っていけないか、そんなことを常に考えながら服を作り続けたいと思っています。

 

 


[編集部から]

茶色や緑の草木から、淡いピンクや黄色が生み出されることに驚きます。

やさしい色合いの草木染めの服は、自然のめぐみと石徹白洋品店の想いが詰まった、一点物。

その背景を知ることで、服を選ぶ時、着る時に思いをめぐらすことができるのではないかと思います。

 

*ご感想メールを、ぜひ編集部へお寄せください。 

be@fujinnotomo.co.jp