変化を楽しみ、季節とともに暮らす
[モノと暮らしのストーリー・門倉多仁亜さん 01]
鹿児島県鹿屋(かのや)市に移住し、地元の食材を使った料理や、豊かな自然の中での暮らしを楽しんでいる門倉多仁亜(たにあ)さん。料理教室や料理にまつわる物販などのほか、1泊2日のツアー、”クッキングホリデイ”も主宰されています。都会から移住して、暮らしを通して感じる変化や、庭の果実を使ったジャム作りについて。また、郷土料理をヒントにしたアレンジや、こだわりのはちみつについても伺いました。
(文・鈴木 裕子/写真・福元 由起子、門倉 多仁亜)
季節とともに暮らす
門倉多仁亜さん(料理家)
『何でも自分でする、作る』
4年前、長く暮らした東京を離れ、鹿児島県鹿屋(かのや)市で暮らし始めた多仁亜さん。都会に比べると時間の流れがゆっくりで、人々も温かい。「おかげさまで、毎日、心地よく過ごしています」と、にっこりほほえみます。
「鹿屋は夫の出身地なんです。15年ほど前に夫の実家の敷地内に家を建て、いずれはここで暮らそうと思っていました。義父母が元気な頃は、行事のあるたびに帰ってきていたんです。秋には、お義母さんの着物の虫干しを手伝ったり、冬は餅つき、味噌作り。そうした時にはお義姉さんや親戚の人たちも集まって、みんなで頬被りをして、楽しそうに手と口を動かして。『何でも自分でする、作る』という昔の暮らしがあったんですよね。私にとっては新しい発見の連続で、とてもいい思い出です」
(庭の柚子を収穫)
とくに「季節とともに暮らす」ということを知ることができたのは、大きな収穫でした。
「日々の食事に使うのは、庭先で作ったり直売所で手に入る野菜など。当然、旬のものですし、たくさん穫れたものは工夫して保存をする。たとえば、大根があまりそうになったら切り干し大根にするのを初めて経験したのも、ここです。人間って、本来はこうやって暮らすものなんだなと、あらためて気づかされました」
本格的に移住してからは、季節の移り変わりを肌で感じるようになりました。たとえば、冬は近所の直売所にレタスは並ばないし、台風がくれば「本当に何もなくなってしまう」。
「東京ではレタスだって何だって1年じゅう手に入って、それが当たり前だと思っていたけれど、そうではないんですよね。でも、不便だなと思うことはほとんどありません。なければないなり、その時々に手に入るもので暮らしを組み立てていくのが、おもしろくて」
野菜や果物の旬をとらえ、それらで献立を考え食卓を整える。その合間に、庭のブルーベリーや柚子でジャムやお菓子を作る。季節の流れに沿った暮らしのおかげか体調もよく、鹿屋に来てから風邪を引かなくなりました。
おだやかで、やさしい暮らし
「心持ちも、変わったような気がします。せかせかしなくなった(笑)。とくに東京って、みんないつも忙しそうで、お互いに邪魔をしてはいけないと思うのか、誰かとゆっくりおしゃべりをするという機会が少ないんですよね。
でも、こちらは温暖な気候のせいか田舎だからなのか、時間の流れがゆっくりです。
みんな、話を聞いてくれる余裕を持っているし、おだやかでやさしいんです」
(収穫した果実を洗う)
移住する前は、都会暮らしになれている自分に今のような生活ができるのだろうか、人づきあいを煩わしいと感じないだろうかと思ったりもしましたが、杞憂に終わりました。
「ひとりになりたい時は家にいますから、大丈夫。私、一軒家に住むのはほとんど初めてなんです。マンション住まいではできなかった庭いじりや野菜作りをしたり、ベランダでゆっくりお茶を飲んだり。そうやって、ひとりでゆったりと過ごす時間も好きです。
両親のもとを訪ねたり、仕事で人に会ったり、今でも東京に行くことは少なくありません。そんな時、空港までは自分の車か高速バスを使います。以前は近くを電車が走っていたのですが、国鉄が民営化した時に廃線になってしまって。でも、車で1時間とちょっとで空港に着くので、苦にはなりません。鹿児島市内に行くにも1時間半ほどかかります。その際、フェリーを使うのですが、これも初めての経験なので楽しくて。
10年後くらいしたら、こうした生活にもすっかり慣れて、また新しい刺激がほしくなるかもしれません。でも、今のところはまだまだ。日々の暮らしの中でいろいろなことを発見し、それを自分の中に取り込むということを4年間やってきて、ようやく鹿屋での暮らしが軌道に乗ってきた感じがしています」
友人との時間の変化
鹿屋に来てからの変化といえばもうひとつ、来客が増えたこと。もともと友人たちと時間を過ごすことは好きでしたが、スペースに限りのあった東京時代は、誰かを家に招くということがなかなか叶いませんでした。
「今は一軒家なので、声や音にさほど気を使わずにすみ、お客様にもリラックスしてもらえるのがいいですね。つい先日は海外の友人が訪ねてきてくれました。泊まっていただける部屋もあるので、まさに、暮らすように過ごしてもらえるんです。また、”クッキングホリデー”という場を作って、全国のいろいろな方が鹿屋まで遊びに来てくださっています。
お店で1時間だけ一緒に食事をするのと違って、2日でも3日でも一緒に過ごすと、お互いに相手のことを深く知ることができて、すごく仲よくなれるんです。
4年間で仕入れたご当地情報を駆使してあちこち案内したり、ピクニックに連れて行ったり。来客が多いのは大変といえば大変ですけど、お客様によろこんでいただけるとうれしいし、私自身も何となく心が豊かになった気がしています」
鹿屋で時間と心のゆとりを感じている多仁亜さん。たくさんのことを発見し、感じ、料理をはじめとする暮らしについてのあれこれを発信されていくこれからが、さらに楽しみです。
(2024.12.25)
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次回からは、門倉多仁亜さんのおすすめ品について伺います。
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門倉多仁亜 かどくらたにあ
日本人の父とドイツ人の母の2つのルーツをもち、日本、ドイツ、アメリカで育つ。国際基督教大学を卒業し、証券会社に勤務。結婚後、ロンドンのコルドンブルーのグランディプロムを取得、東京の自宅で料理教室を主宰。現在は夫の出身である鹿児島県鹿屋(かのや)市在住。月刊『婦人之友』など、雑誌や書籍で料理や自身のライフスタイルなどを発信。