チャイからもらった、人や世界とつながる豊かな時間
[モノと暮らしのストーリー・吉池浩美さん 01]
長野県東御(とうみ)市でチャイと焼き菓子を楽しめるカフェ「mimiLotus(ミミロータス)」を営む、吉池さん。ネパールやインドを巡りながら、現地の人にチャイをふるまい、旅の風景からインスピレーションを受けたさまざまなアレンジチャイを生み出してきました。そんな吉池さんの人生を変えた、チャイとの出会いを教えていただきました。
(文・赤木真弓/写真・吉池浩美)
チャイからもらった
人や世界とつながる豊かな時間
吉池浩美さん(mimiLotus[ミミロータス]店主)
「紅茶屋になる!」の原点は
チャイは“スパイスの入ったミルクティー”というイメージがある人も多いと思いますが、そもそもチャイは「お茶」という意味だと吉池さんは言います。
「一番知られているのはインドで飲まれている、スパイスの入った少し甘いミルクティーだと思います。でも、実はロシアやトルコでもお茶のことをチャイといい、それぞれの国の文化や習慣に合わせて、ジャムを入れたりウォッカを入れたりしています。またスリランカやミャンマーに行くと、また違う呼び方のミルクティーが飲まれているし、ネパールのチャイにはスパイスがほとんど入っていないんです」
吉池さんがチャイと出会ったのは、30年以上前の中学生だった頃。親戚が暮らす、ネパールでのことだったそう。
「中学生の頃は学校になじめなくて、不登校の時期があったんです。当時、日本から不登校の子を集めてネパールにトレッキングに行くツアーがあり、その主催者が親戚と知り合いだったこともあって、両親に勧められて1人で参加することに。
トレッキングをするときに、テントなどの荷物を運んでくれる現地の少数民族・シェルパの人たちが山をガイドしてくれたのですが、その人たちが川の水を汲んで、近くにいるヤギや水牛の搾りたてのお乳でチャイを作ってくれたんです。私よりずっと年上の男の人が“こっちに来てチャイを飲もうよ”って言ってくれたことがうれしくて。
味というよりも、国や性別、年齢も関係なく、皆で一緒にお茶を飲もうという雰囲気が、チャイの味を数千倍おいしくしてくれたんだと思います」
家の手伝いのため、4日に1回しか学校に通えないネパールの村の子どもたちの、学校に行くときのうれしそうな顔を見て、帰国後は無事中学校を卒業。東京の自由学園に進んだ高校1年生のときには「紅茶屋になる!」と決めていたほど、衝撃的な出会いだったのだとか。
「コミュニケーションツール」としてのチャイ
「私にとってチャイはただの飲み物ではなく、コミュニケーションツールのひとつ。2018~2019年にかけてはネパールとインド、今年の2~3月には南インドを巡りながら現地の人にチャイを淹れる旅をしました。言葉なんてほぼ通じないけど、チャイの道具一式持って“チャイを淹れたい”と言うと、なんで日本人が自分たちと同じ飲み物を作るのかとみんなすごくおもしろがってくれて。”チャイを飲ませてくれたから、今日はうちでごはん食べなよ”って、チャイのおかげでコミュニケーションが取れるんです。
この旅では、日本での自分の仕事に対するごほうびとして、無償でチャイをふるまいました。お店は来たい方が来てくださいますが、旅ではこちらから飲んでくださいとお願いするので、スタンスが全然違うんです。それで、おいしいねと言ってもらえたらどこででも作れるという自信をもらえて、それが日本でお店を続けていくための原動力になっています。だから、私にとって旅とチャイは切り離せないんです」
そんなコミュニケーションができるのは、チャイだからこそ。その鍵となるのはスパイスだと言います。
「飲み方や作り方に決まりがあるわけではなく、スパイスを組み合わせることで味わいが無限に広がります。インドの郊外に行ったとき、ジンジャーとオレンジのチャイや、チョコレートシロップとカルダモンを入れたチャイなど、私が考えた現地にはないスパイスの組み合わせをすると、そこでまたコミュニケーションが生まれるんですよね。アレンジができるのが、チャイのいいところだと思っています」
あずきのチャイやコーヒーチャイ、七味唐辛子のチャイなど、自由な組み合わせを提案している吉池さん。
「チャイはなんでもあり。例えば、さわやかな香りで柑橘類と合うカルダモンは、レモン、グレープフルーツ、オレンジとまず組み合わせが3通りできる。またチョコレートにも合うので、そこでカルダモン・オレンジ・チョコレートの組み合わせができたり。
香りの系統が似ていると感じたら、パズルのように組み合わせてすぐ試作します。この間も、インドやネパールでは薬草として親しまれているアジョワンという変わったスパイスを使ったチャイを作ってみました。湿布のような匂いがするので、レモンと合うかなと思って作ってみたらすごく苦くなってしまって。そこで、チョコレートを加えてみたら苦味が緩和されました。そこに香り高いカルダモンも加えて、チョコレートとアジョワンのチャイができました。一度でできるチャイもあるし、これがダメならこっちは?といろいろ試すことで、意外な組み合わせが生まれたりします」
チャイを通して旅先の風景を伝えたい
旅の中で訪れたネパールでは、チャイの作り方を変えるきっかけにも出会いました。
「修行時代には、鍋の中でチャイを作るときに絶対に混ぜたらいけないと教わったのですが、ネパールではよく混ぜていたんです。煮出すときに混ぜないと軽やかな味わいになりますが、混ぜると乳化して甘みが増し、味にパンチが生まれるんですよね。
日本ではティーカップでチャイを飲みますが、ネパールでは1杯100mlほどの小さなチャイグラスを使います。暑くて体力も消耗するから、濃く煮出したミルクティーが栄養ドリンクがわりになっていて、飲み方が日本とは違うんですよね。
チャイには正しい淹れ方はないと思うので、これが今の自分のやり方というだけ。また違う国へ行って違うチャイを見たら、その作り方に変えるかもしれない。変化は受け入れていきたいと思っています」
そんな吉池さんが、チャイや焼き菓子のレシピと、旅のエッセイをたっぷり綴った初の著書、『旅のち、チャイ』(婦人之友社)が2024年12月10日に刊行されます。
「チャイやお菓子のレシピは、ネパールとインドだけではなく、タイやベトナム、ミャンマーなど、東南アジアの旅から生まれたものばかり。チャイを飲まないカンボジアのような国でも、現地で知ったスパイスや香り、景色などを思い浮かべてできたチャイのレシピも紹介しています。
レシピの隣に添えてある旅のエッセイで、そのチャイが生まれた背景を感じてもらえたら。旅の写真もたくさん載せているので、それぞれの国に興味を持つきっかけになったらうれしいです」
チャイを気軽に生活に取り入れてもらいたい、と吉池さん。
「茶葉には気持ちを穏やかにさせるテアニンなどが含まれていたり、スパイスには血行をよくしてくれるものもあります。チャイは気持ちを落ち着かせたり、リセットしたいときに一番おすすめしたい飲み物。次の行動に移るとき、ちょっと元気を出したいときに、チャイを飲んでもらいたいですね。またたっぷりの牛乳で煮出すチャイはかなり満足感があるので、小腹が空いたときにもおすすめ。インドやネパールのように、甘くすると栄養補給したいときにもぴったりです」
吉池さんブレンドの茶葉は、F-TOMO SHOP「暮らしの達人セレクション」 でもお求めいただけます。
(2024.11.27)
—————————————
吉池浩美 よしいけひろみ
1974年、長野県生まれ。15歳のとき、トレッキングで訪れたネパールで現地のチャイを知り、紅茶屋になろうと決意。自由学園卒業後、神奈川県藤沢の「紅茶専門店ディンブラ」にて10年間、磯淵猛(いそぶちたけし)氏に師事。2005年、鎌倉に「紅茶専門店ミミロータス」を開き、13年間営業の後閉店。1年間ネパール各地チャイをふるまう旅をする。現在は長野県・東御市にてチャイと焼き菓子の専門店「mimiLotus」を営む。2024年12月10日に初の著書『旅のち、チャイ ーチャイと焼き菓子のレシピ&旅ノート』を、婦人之友社より発売予定。
【Instagram】@mimiLotus