「ニワトリと卵と息子の思春期」その後のストーリー『婦人之友』3月号に掲載します
「ゲームを欲しがる長男が、代わりに欲しいと言ったのは、なんと”ニワトリ”だった」
繁延あづささんのフォトエッセイ、「ニワトリと卵と息子の思春期」(『婦人之友』2018年7月号)の続編を、2020年3月号・6月号で掲載します。 前回の産卵に続き、卵の販売、鶏の死、さまざまな出来事を通して巻き起こる親子の葛藤。自立していく息子と、それを見守る繁延さんのちょっと寂しげであたたかなまなざしに、読んでいる私たちもやさしさと元気をもらえます。 |
続編掲載につき、2018年7月号の記事をweb公開いたします。引き続き2020年3月号の記事もお楽しみに!
読者から感想をいただきました
- ご長男の反抗期を越えさせたのは鶏だった! わが家の二人も反抗期真っ只中。共通の話題を探しています。こんな素敵な家族のお話が聞けて本当に嬉しかったです。今後の長男さんのお話を楽しみにしています。
- 「仕事で留守がち」になり、「衝突するしかなす術がない」という関り、息子さんから発せられた言葉、子供たちのにわとりにかかわることによる生き生きとした様子、言葉。子供が思春期に入ったときの、親の気持ちも、とても共感しました。
- 長男さんの熱意に感動しました。大人になると良くも悪くも色々と考えてしまい実行に移せないことが多いですが、子供の力ってすごい。
家族の成長ものがたり
ニワトリと卵と、息子の思春期(婦人之友 2018年7月号 掲載)
繁延あづさ 写真・文
婦人之友 2018年7月号 |
ゲームを欲しがる長男が、代わりに欲しいと言ったのは、なんと“ニワトリ”だった。
実現に向けて奔走する息子と、母の葛藤……
親子が迎えた成長の時期に、新たな風景が加わった。
長男のニワトリ熱と、焦る母
わが家にはゲーム機がなかった。長男に「友達が持っているから買って」と言われても、何か理由をつけてはやり過ごしていた。
昨年夏のある夕方、仕事中に小6の長男から電話が入った。「ゲームの代わりに鶏飼わせて」と。え..?予想外の展開に、返答に詰まった。数日前に私が図書館で借りてきた『ニワトリと暮らす』という本。おそらく、あれを読んだのだ。
夜、帰宅すると机の上に『にわとり飼育計画書』なるものがあった。長男は、大家さんにプレゼンするつもりらしい。問題点・解決案を考え、小屋の設計図を描いていた。面倒なことになったと思った。うちは住宅地にある。朝からコケコッコー! なんて近所迷惑もいいところ。6年前に引っ越し、せっかく築いてきた関係を壊すわけにはいかない。
しぶる私に、その後も長男からは「早朝鳴くのはオスだけだよ」などと説得が続いた。また、私の出張中には大家さんの許可まで取り付けてきた。さらに、半農半カフェを営む友人の剛くんが、息子に養鶏アドバイスをしようと訪ねてきた。私は近所の人から「息子さん土地見つかった?」と訊かれるようになった。息子は、養鶏できる土地を探して、聞いてまわっていたのだ。彼の養鶏熱はますます高まり、私は焦った。応援してくれる人たちの厚意はありがたい。けれど、親には責任がある。
とにかく、鶏を飼うことがどんなものか、知る必要があった。平戸で塩炊きを生業とする友人・弥彦さんが烏骨鶏(うこっけい)を飼っていることを思い出し、遊びがてら見学させてもらうことにした。
一泊した翌朝、次男と末っ子は大はしゃぎで卵を採ってきた。長男は、弥彦さんの話を真剣に聞いていた。鶏たちの、思い思いに行動する様子も興味深かった。何より、子どもと鶏の風景が心地よかった。私の気持ちは傾き始めた。
家の近所は長崎独特の風景で、斜面地には車が入っていけない場所も多い。 |
『にわとり飼育計画書』(長男・作) 「飼いたい理由」に「卵がとれるから」とあるのが息子らしい。 |
小野寺さんから学ぶことは多かった様子。ここで5羽の鶏を分けていただく。
剛くんから養鶏の具体的な問題と回避法を教わる。 |
「素敵な農家さんがいるんですよ」と言われ、佐賀県三瀬村の平飼い養鶏家・小野寺さんの鶏舎へ。 |
俺に何が必要かは お母さんにはわからない
夏休み中、私は仕事で留守がちだった。帰宅すると決まって息子たちと揉めた。今思うと、あれはもう衝突するしかなす術がない、そんな親子の関わり方だった。
言い争う中で、長男は言った。「ゲームするしないは自分で決める。この時間は俺のものだし、何が必要かはお母さんには分からない」と。
私も思春期の頃、同じような言葉を親に言い放ったことを思い出した。子どもたちそれぞれに、大事なこと、必要なことがあり、親といえども侵してはならない一線があること。分かっていたつもりで忘れていた。
そこで、「夏休みの宿題をしっかりやったなら、ゲームも鶏も考えよう」と息子たちに言ってみた。
すると、息子たちはこれまで見たこともない集中力で宿題を終えていった。正直、「そんなにゲームが欲しいのか」「そんなに鶏が飼いたいのか」と感心もした。
その夏の終わり。鶏と借地の算段がつき、わが家にゲームと鶏がやってくることになった。
烏骨鶏は、首元に神秘的なブルーを携えている。 |
息子たちが試しに鶏を小屋の外に放つと、意外にも逃げていかなかった。鶏たちは、好みの雑草を食べたり、ミミズやら芋虫やらを見つけて食べていた。 |
最近の写真。産卵の様子に見入る子どもたち。
わが家のあたらしい風景
まずやってきたのは、ボリスブラウンという種類の5羽の鶏だった。鶏小屋作りは、剛くんが手伝ってくれた。生後3カ月でまだ産卵しないが、動物のいる生活に子どもたちは大喜び。さらに、弥彦さんから分けてもらった烏骨鶏も加わった。
長男が烏骨鶏を飼いたい理由のひとつは、卵をあたためる様子が見たかったから。小さい頃からシートン動物記や椋鳩十作品を愛読していた長男は、生き物への興味も強かった。人の手を借りずに繁殖する能力が残る烏骨鶏を、たとえ産卵数が少なくても飼いたかったらしい。しかも、「精子は10日間ほど生きているから、持ち帰ってからしばらくは有精卵。あたためれば孵化の可能性もある」と、敏感な思春期とは思えない発言を、真剣な顔でした。
烏骨鶏がわが家で初めて卵を産んだのは、持ち帰って2日後のこと。ちょうど長男は不在だった。「コケーッコ! コケーッコ!」と騒ぐので、また猫が狙いにきたかと夫が飛び出した。そして「ああ! 卵産んでる!」と叫び声。すぐさま次男と末っ子が駆け寄った。
次男は「1時55分だったね!」と、助産師のような抜かりないコメント。末っ子は「ほんとにタマゴだ!」と叫び、店の卵はこれだったのか! と言わんばかりの表情だった。
帰宅した長男は目を輝かせ、笑った。まるで子どもが生まれたお父さんのようだった。その夜、長男が言った。「卵の中で、未熟なまま成長が止まることもあるらしいんだよ。心配」。私は思わず、「お母さんのお腹でも、成長が止まっちゃった子がいたね」と、流産したときのことを言ってしまった。すると、「ああ、あれは俺5歳ぐらいだったかな」と返ってきた。親子でこんな会話ができる日がくるなんて..。感慨深い気持ちになった。
長男は、世話をしながら鶏たちを眺め、日々の発見を口にするようになった。次男と4歳の娘は、“かわいい”と抱き上げたくて仕方がない様子。休日は朝からパジャマで戯れていたし、夕方は夫がビール片手に鶏と子どもたちの様子を眺めていた。わが家の“あたらしい風景”だった。
朝一番に鶏小屋に来るのは早起きの娘。抱き方も堂々としている。 |
飼料は息子の要望で、無農薬米を扱う米屋さんからの米ぬかに。最初は「贅沢な!」と思ったが、口にすると思うと納得できた。 |
1月4日、ついに!
朝、長男が「産んだよ! 産んだ!」と叫びながら鶏小屋から戻ってきた。5羽のボリスブラウンのうち1羽が、ついに初めての卵を産んだ。ずっと世話し続けてきた長男にとっては、感慨深いものがあったのだろう。ニヤニヤが止まらない様子だった。その後も採卵が続いたが、1羽が産み続けているのか、数羽が産み始めているのか確認できず。だから、初産み卵と言い切れるのは1月4日の卵だけだった。その卵は、長男が大事そうに容器に入れていた。3日後の1月7日、長男は志望校の受験日だった。弁当持参だったが、彼は「自分で弁当作る」と言う。すると、当日は早起きしてサンドイッチの準備を始め、あの初産み卵はタマゴサンドの具になっていた。なるほど。彼にとっては、験担ぎのつもりだったのだろう。
ゲームについての口論は、思春期スタートの知らせだった。親の言葉を聞かず、自分勝手に振る舞い始め、家族がバラバラになると思ったこともあった。けれど鶏がやってきて、わが家にあたらしい風が吹き始めた。
長男とは、毎日「今日、何個産んだ?」「今度あの農家さんにくず米分けてもらおう」などの会話を交わすように。さらに、鶏たちが魅力的で神秘的であるからこそ、生や性、死についての話題もごく自然に増えた。それは、これまで子ども扱いしていた関係から、一人の人間同士のつき合いへの変化でもあった。 親離れ、子離れ。その一歩が、今この時なのか。子育てはいつも振り返った時にしか分からないけれど、今はこの変化の日々を楽しみたいと思う。
1月4日に産んだ初産み卵をパチリ。わが家にとって感動の年明けとなった。
(学年などは掲載時です)
繁延あづさ(しげのぶあづさ)
●亜紀書房ウェブマガジン「あき地」にて『山と獣と肉と皮』を連載中。 |
続き「ニワトリと卵と、 息子の思春期Ⅱ」は…婦人之友 2020年3月号で
2020年2月12日発売
780円(税込)
「ニワトリと卵と、 息子の思春期Ⅲ」は…婦人之友6月号で
2020年5月12日発売
780円(税込)