2021「富井貴志・木の器展」開催前インタビュー
「身近なものをきちんと見た」この1年。
日常への回帰。そして、より”使いやすいものを”という思いに
2021年4月16〜18日に開催の富井貴志さん「木の器展」。
前回、自由学園明日館で展示会をおこなったのは、2019年4月でした。
コロナ禍を挟んだこの2年間。富井さんの日常や木の仕事には、どんな変化があったのでしょう。
聞き手:稲垣早苗(ヒナタノオト)
撮影:富井貴志/中川碧沙(作品写真)
身近にあるものをゆっくり、きちんと見た1年だった
稲垣 |
2年前の展示がついこの間のような気もします。この1年はコロナの感染拡大があり、移動の制限のせいで変わらぬことがある反面、働き方、暮らし方などの変化も多い年でした。今日は富井さんご自身の「変化」をテーマに、うかがいたいたいと思います。まず、取材で訪ねた2年前にくらべると、新潟はこの冬は雪が多かったそうですね。 |
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富井 | 年明けのころは、仕事にならないほど降りました。一体いつまで続くのだろうという感じで。降っている時はもちろん、その後も延々と雪かき。他県から越してきたご近所さんと話していたとき、「雪かきってムダな作業だよね」という話になったのですが、ふと「本当にそうかな?」と思ったのです。生存のためと思うと雪かきは不可欠な仕事なわけで、昔の人はそんな風には感じなかったのではないかと。それにくらべたら、僕の仕事のほうがムダなものかもしれない……。 | ||
稲垣 |
富井さんのそうした発想、豊かですよね。
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富井 |
今は多少雪が降っても、融雪機などのおかげでふつうに暮らせるようになりましたが、昔は降った雪は全て残り、コロナどころではないほどの「籠る生活」だったと思います。本当に必要なこと、ムダなことってなんだろう? いろいろ考えさせられました。
温暖化の影響なのかもしれませんが、1月の後半からは雨が多くなりました。この辺り(新潟県長岡市)は冬もそれほど寒くならないので、1~2℃の気温の差で雪になったり雨になったり。そうして雪や雨がよく降ったせいで、例年以上に雪の表情の多様さ、豊かさを感じることができました。雪が降って風が吹くと、雪庇(せっぴ)ができたり、山の稜線のような美しい模様をつくります。そこに雨が降るとぼこぼこして、それもけっこう面白いものです。
太陽が出ると、上からの光と、雪の結晶に乱反射した下からの光でキラキラと光が満ちる。試しに雪の固まりを雪面に置いといたら、晴れた日に下から光が当たってキノコのようなおもしろい形になるんです。雪かきは本当に疲れ果てましたが、その分楽しんでやろうと思い、まじまじと雪を見て、さまざまに感じた冬でした。
春から秋は近くの野山を歩きまわって、身近な自然を例年になく楽しみました。「こんな花が咲いているんだ」と季節を感じたり、夏は近くの海で海岸からすぐのところにアジの大群を目の当たりにしたり! 些細なことですが、身近にあるものをゆっくり、きちんと見られました。
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稲垣 | この1年間は、作品展はどのように行なったのですか? | ||
富井 |
昨年は、4月の神戸の展覧会のころに緊急事態宣言が出て、そのときは会場を開けませんでした。急きょビデオ通話での個別対応や、Webで作品を見ていただくなどしました。その後は、会場は開けて予約制で開催するなど、安全を確保し、できることをできる形でというのが定着してきました。
作品制作では外に出ることが少ない分、工房に籠もっていつも以上に仕事をしましたよ(笑)。 |
身体の変化から、考え方の変化へ
稲垣 | 2年前に取材でうかがった直後から体力トレーニングを始められ、だいぶスマートになったそうですね(笑)。体の変化は、仕事にも影響がありましたか? |
富井 |
体調がいいと、やはり仕事もはかどります。それと朝・夕に体を動かす習慣ができたことで、仕事にメリハリがつきました。だらだら仕事をしないでスパッとやめられるようになった。
今は、朝、犬の散歩を30分、ジョギングを30分、その後、HIIT(ハイ・インテンシティ・インターバル・トレーニング)という、20秒筋トレして、10秒休むという反復運動を8セット、計4分間を2種類行います。そしてヨガを数分。朝、充分に体を動かして、昼か夕方にまた少し筋トレ、という毎日です。 |
稲垣 |
すぐに何が変わるのではないかもしれませんが、長い目で見ると……
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富井 |
大きく違うと思いますし、考え方にも少なからず影響があるかも。僕は自分の身体に向き合うことで、古代の人間についてや、人類史に関心を持つようになりました。作品で表現している文様の仕事「We are atoms」(写真)*の流れもあって、何年か前に『人は原子、世界は物理法則で動く』という本を読みました。それは、人間を原子の集合として捉えてみると、集団としての人間の行動は物理法則で理解できる、という内容でした。
*原子配列をイメージした文様を、彫刻刀を使って木の表面に描き出す富井さん独特の手法。
狩猟採集をしていた猿人や原人、旧人、の時代は数百万年も続いたそうですが、現在の人類「新人」が農耕をするようになってからは、せいぜい数千年から1万年。その意味では、人間の本質は狩猟採集をしていたころからあまり変わっていないというのです。
それに続けて手に取った脳に関する本(『一流の頭脳』)や食と体づくりの本(『アメリカの名医が教える内臓脂肪が落ちる究極の食事』)には、また同じような話が出てきました。曰く、「人は太古から刻み込まれた行動様式があり、現代の社会環境や生活の中で、実は適応できていない部分が少なくない」というのです。
新型コロナによって色々なことを見直す機会が与えられた今だからこそ、現在の「当たり前」から一旦離れて自分で本質を問い直したり、暮らし方、食べ方なども試してみたいと思っています。それが、仕事でも新たな表現につながっていくかなと感じます。
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稲垣 | 前回の展示と今回で、変化したところはどこでしょう? 「We are atoms」という作品シリーズのタイトルも、2年前の展示のときにはありませんでしたね。 |
富井 | そのタイトルは、前回の展示のすぐ後につけました。文様の表現は同じですが、また違う雰囲気のものも作っています。食生活や体づくりに興味を持ったことで、作品も日常に回帰した気がします。自分では珍しく、「使いやすいものをつくりたい」なと(笑)。そうした変化も、自分自身でおもしろく感じています。 |
稲垣 | 2年間でどのような変化・深化があったのか。今回の明日館での展示会が、ますます楽しみになってきました。 |
富井 | ぜひ楽しみにいらしてください。でもほんとにあっという間で、焦っています(笑)。 |
- 富井貴志
1976年新潟県生まれ。筑波大学大学院数理物質科学研究科中退。高山市の森林たくみ塾にて木工を学ぶ。2012年、国展にて新人賞受賞。2019年、国展にて準会員優作賞受賞。新潟県長岡市にて作家活動を行う。
- 稲垣早苗
日本橋の工芸ギャラリー「ヒナタノオト」代表。『婦人之友』に、工芸作家の作品と暮らしをを紹介する、「つくり手のモノサシ」を不定期連載中。
このイベントは終了しました
富井貴志 木の器展
2021年4月16日(金)〜18日(日)12:00〜17:00
会場
自由学園明日館 婦人之友社展示室
〒171-0021 東京都豊島区西池袋2-31-3
自由学園明日館Webサイト⇒